時は今
「絶対音感狂ってる奴はいないよな?」
丘野樹はCの音を弾くと発声練習から始めた。
ドミソミド、が転調して高くなっていく。
それを聴きながら樹は誰の声かを聴き分けていたのか、しばらくして何名かの名前を呼んだ。
「揺葉忍、舘野馨、坂本愛美、名村次海、抜けて良し」
とりあえず声楽先攻の4名は合格点のようである。
そこで音楽科全員にある種の緊張感が走る。
「えーこれで呼ばれるのが最後だとどーなんのー?」
「丘野、ひいきしてねーよなー」
「するか」
樹は短く言い捨てる。
「真剣にやれよ。楽器だって絶対音感狂ってたらチューニング出来ないだろう。これは基礎だと思うけど」
ややして再開した練習ではさっきよりもかなり声の揃った響きになる。樹はまた名前を呼んだ。
「綾川四季、高遠雛子、柚木健、望月杏、佐藤ほのか、沢渡礼治、抜けて良し」
呼ばれた生徒はほっとした表情になる。「ゆりりーん」と望月杏と佐藤ほのかが、先に抜けていた忍に飛びついた。
四季は気になったように由貴の方を見た。
「──由貴、声が風邪声になってる」
「…うん。平気」
由貴はまだ眠そうだ。樹も気になったように由貴の方を見たが、何も言わずに再開した。
しばらくして樹が名前を呼ぶ。
「池田陸、朝比奈さとみ、染井和春、尾崎結衣、抜けて良し」
…と、樹の視線が由貴にそそがれた。
「由貴、声、それ以上出ない?」
「──うん」
ごめん、と謝る。樹は「謝らなくてもいい」と言った。
「音程は合ってる。無理はさせたくない。休んでていい」
由貴は肩の荷が降りたように四季のところに来た。
「──良かった」
「お疲れ、由貴」
「さて。今残っているやつら」
びく、と残りの生徒が若干固まる。
「『森は生きている』の編曲、全曲通しで歌う」
「えー!?」