時は今



「まーしーろ」

 呼ばれて現実に引き戻された。朝、声をかけてきてくれた関結実子が本を抱えて立っていた。

「何?何か考え事してた?」

(うん。四季先輩のこと思い出してた)

 真白は心の中の言葉をそっとしまいこんだ。

「どれがわかりやすいのかなぁって迷ってた」

「ああ、確かにどれを選ぶかでも勉強する時違ってくるものね」

 結実子は朝いつもこの時間に図書館を利用している。真白が立っている棚の本は見たことがあるのか、これとこれはわかりやすかったよ、と本を抜き取ってくれた。

「音大附属から転校して来て、理系目指すって…何かあったの?」

「うん…。音楽はあたしの力じゃ輝谷にいてもついていけるレベルじゃなかったの」

「ふーん。まあ、向こうはいずれプロになる卵のような人たちがゴロゴロしてるからねぇ」

 病気で休学していたらしいけど頑張ってね、と結実子にぽん、と背中を叩かれた。

 うん、と真白は前を見る。

 四季が転校して、白王の進学科に通い始めたと聞いた。それで真白もいつまでもこのままではいけないと思った。

 双葉高校の理系クラスに入って勉強しはじめた。学校を休んでいる間もひとりで勉強だけはしていたから、今のところ授業も問題なくついていける。

 心、が問題なのだ。

 ついていけるのかは。

「あれ、携帯可愛い」

 花のストラップが揺れる真白の携帯を見て、結実子が褒めてくれる。

 真白はにっこりした。

「お守り」

 四季が選んでくれたものだった。大切にしまっていたからまだ新しい。

(いいよね)

 もう少しの間、持っているくらいは。

 四季にきちんと会える木之本真白になれるまでは。



< 298 / 601 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop