時は今



 結実子と図書室で勉強をしていると、図書委員の樋口梓が「木之本さん」と話しかけてきた。

「これ、吹奏楽部の子からもらったんだけど。この白王の人って、元々は音大附属の人なんだって?」

 梓が見せたのは、定期演奏会のチラシだった。演奏会は12月。まだもう少し先だ。

 この人かっこいいね、と梓が指差しているのは──。

「四季、先輩…」

 真白の呟きに梓が「やっぱり?知ってる?」とはしゃいだ。

 四季と並んで紹介されているのは、綾川由貴。四季の従弟。

「いいなぁ。こんな人たちが弾くなら、そりゃあ女子は来るよねぇ。ねぇねぇ、四季先輩?と話したことある?」

 彼女でした、とは言えず真白は「う、うん」と口ごもる。

「ふーん。どんな感じ?」

「…優しい人」

 真白の口からは未だ色褪せないもののように、自然にあふれてきた。

「優しいから、すごくモテてた」

 もう全然、自分の手には届かない存在のように見ていた。でも私なんかを彼女にしてくれた。

 彼女になってからも、大事にしてくれた。

 真白の表情を見て、梓が「素敵な人なんだねぇ」と言った。

「木之本さんも、もしかして、好きだった?」

 どきん、と心臓が跳ねた。

 好き。

 今でも好きだ。

「うん。…大好き」

 言葉にすると、涙があふれてきた。

 梓が驚いたように「ごめん。変なこと聞いた?」と謝ってくる。

「ううん。…先輩に優しくされたことあったの。それ思い出しただけ」

「ふーん」

 真白が笑うと、梓と結実子もほっとした表情になる。

「定期演奏会、一緒に聴きに行こっか?木之本さんも大好きな先輩みたいだし?」

「…うん」

 結実子も「私も聴きに行ってみたい」と言ってくれた。





 真白はチラシを見て、本当に先輩はまたピアノ弾けるようになったんだ、と思う。

 『森は生きている』

 どんな物語だっただろう。



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