時は今
小さな顔が四季を見た。間近に見ると息をのむほどの美少女だ。
ツインテールと長い睫毛をふわりと揺らし、少女はこくりと頷いた。
「うん」
「僕も弾いてる。コンクールには出たことある?」
そういえば四季はピアノのコンクールに出るような子なら顔は知っているはずなのだ。
由貴も四季が弾くのは見に行っているから、だいたいどの学校の生徒が弾いているのかくらいはわかる。
だがその少女は、由貴も四季も初めて見る顔だった。
「ううん。コンクールには出たことない」
少女は小さな声で答えた。
ピアノの本を受け取り、「ありがとう」と頭を下げる。
内気なのだろうか?初対面のふたりを前に、緊張しているようにも見えた。
ワン!と無邪気に犬が吠える。
「こら。めっ。ワンじゃないよ」
四季に怒られ犬はしゅんとなった。
くぅーん…。
少女は犬を見ると「大丈夫だよ」と撫でた。驚いただけで、犬が怖いわけではないらしい。
「俺、4月から白王高校に入学するんだけど…。まだ春休みなのに、今日出校日なの?」
由貴が少女の制服姿に疑問を口にする。少女は首をふった。
「学校はまだお休み。涼が練習したかったの。学校には制服で来た方がいいと思ったから。──涼も4月から高等科だよ」
「あ、俺と一緒だ」
「僕は音大附属高校。今日は誘われて一緒に学校の下見に」
由貴と四季がどういう理由でここにいるのかを知り、涼という少女はやや緊張が解けた表情になった。
「コンクールに出ないのはどうして?」
華奢な手に抱えたピアノの本は四季が弾いているような曲と同じレベルのものばかりだ。
「……。緊張するから」
少女の雰囲気からして、その言葉は十分に説得力のあるものだった。
由貴と四季は顔を見合わせ、やがて四季がふっと笑った。
「出来ればでいいから、もし弾けるようなら、コンクールに出るの考えてみて?僕は自分が弾いている曲と同じ曲を弾くのがどんな人なのか、どんな表現をするのか、聴いてみたい」