時は今



 勉強が済むと、美歌は気を遣ってか「何かあったら呼んでくださいね」と忍に言って、部屋を後にしてしまった。

 食事とお風呂を済ませて四季の部屋に戻って来てみると、四季は眠っているようだった。





『好きって言って』





 ──以前、四季が言っていた言葉を思い出していた。

 相当傷ついていたのではないだろうか、と思う。 

 不安だったろう。

 急にいつ死ぬかもわからないような病で倒れて、それまでそばにいてくれた彼女にも見放されたのなら。

 唯一の生きる意味であったはずのピアノも弾けなくなって。

 何だか考えると泣けてきた。

 もう今さらこの世に起こることで心を痛めて泣くこともないだろうと思ってしまう生を送ってきた忍だったが、それでも何だか泣けてきてしまうのだ。

 少し優しくなったのではないかと思う。

 四季がたぶん純粋に自分を愛していてくれるからだろう。

 人の心は変わるものだから絶対的な価値などありはしないのだが、四季のように無垢な感情の持ち主を見ていると、こんな人間もいるのだと心が洗われるような気分にさせられてしまうのだ。

 忍は四季の眠るベッドの傍らの椅子にかけ、四季の髪を撫でた。

 可愛い、という感情は、女性特有の意味合いのものがある気がする。母性愛とでもいうのか──。

 四季の寝顔を見ていて穏やかにあふれてくる感情は、可愛い、だった。

 子供のように見ているわけでは決してないのだが──。





「──ん…」

 熱がまだある。

 四季が少し苦しそうに寝返りを打った。目を開ける。

 忍は「大丈夫?」と問う。

「熱い?お水飲む?」

「……」

 四季はぼんやりと忍を見て、ほっとしたようだった。

 何も言わない。

 ああ、いてくれるだけでいいというのはこのことだろう、と忍は悟った。

 早瀬が何故「四季のそばにいてやりな」と言っていたのかがわかる気がする。

 ふと目を開けた時にそばにいる確かな存在が、必要だったのだろう。



< 315 / 601 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop