時は今
何気なく口をついて出た選曲だった。映画にもなった『世界の中心で、愛をさけぶ』の主題歌。
四季はそれを知っていて練習したのだろうか。
ピアノの音だけで紡がれていることが救いになっているような気がした。
歌詞を声にすると胸が潰れそうだった。思い出したくなくても静和のことが思い出された。
今そばにいてくれるのは四季なのに。自分がひどい人間のような気がして、忍は楽譜の歌詞を目で追いながら目頭を指で押さえた。
四季のピアノが純粋で綺麗だ。今この曲を弾いていてくれるのが四季で良かった。そう思った。
四季は弾き終えるとふわりと忍の方を見た。
「──忍、泣いてるの」
「……」
忍は「ごめん」と謝る。謝っているのに、涙は反比例してあふれてきた。
四季は熱でぼーっとした目で鍵盤を見つめていたが、やがて口を開いた。
「入院している時に『世界の中心で、愛をさけぶ』を読んでた」
「……」
「僕もアキのようにもうすぐいなくなってしまうんだろうかと思ってた。でも、僕にはもうすぐは来なかった。だから退院したらこの曲練習して弾けるようになろうと思った。この曲は僕がいなくなっていたら、弾いていることのなかったはずの曲」
忍の目が四季を見ていた。涙はもう止まっていた。
「忍がこの曲を聴いて泣いているのは、たぶん僕ではない人を思い出して泣いているはずだけど、僕は忍がそういうふうに泣くことが少なくなるように愛せたらいいと思う」
思い出の中の人は大切だろう。でも四季にとっては思い出も夢も忍を悲しくさせてしまうものなら何の意味もないような気がした。
そう言ってしまえば忍を傷つけてしまうだろうから言わないけれど。
忍は忍で四季の何気なく言った言葉に打ちのめされていた。
『僕がいなくなっていたら、弾いているはずのなかった曲』
忍は歌詞を見た。
人を想う強さが輝きをくれるなら、それは心が『君』を求めるなら何度でも輝けるのではないか。
この曲を弾けるようになったという四季の姿が急に特別なものに見えた。