時は今
少女は四季の言葉に戸惑ったようだったが、少し考えて「うん」と返事をした。
「僕は綾川四季。覚えておいて」
「綾川四季…」
あ、と少女が何かを思い出したように、四季を仰いだ。
「TVで弾いている人」
正確に言うと、ある番組の曲に四季の弾いている曲が使われているのだ。
由貴が感心する。
「それを知っているのがすごい」
四季本人もそれを当てられるとは思ってはいなかったらしい。
「驚いた。何で知っているの?」
「お兄ちゃんが言っていたの。この子のピアノはすごいって」
その少女の「お兄ちゃん」も何者なのだろうか。
四季は手を差し出した。
「ありがとう。お兄さんにも。名前、聞いてもいい?」
「桜沢涼」
「涼ちゃん、ね。僕も覚えておく」
四季と涼が握手をする。
「涼ちゃん」と階段の下で、若い女性の呼ぶ声がした。
涼が「はい」と返事する。
「ごめんなさい。涼、もう行かなきゃ…」
「あ…僕たちの方こそ。ごめん。呼び止めて」
「ううん。ありがとう」
涼は階段を下りて行った。涼を呼んだ女性は、ファッション雑誌から抜け出てきたような美人で、ふたりはまた目を奪われる。
「わー…。何だかただ者じゃなさそうな女の子だね。涼ちゃんて。あの女の人は何?」
「うん…」
ワン、とふたりの言葉に同意するように犬が吠えた。
四季が笑って「お前もおいで」と頭を撫でる。
「由貴、近くで休める場所探そう。パンもあるし」
「うん」