時は今



 樹は両手をあげると降参したように言う。

「ごめん。本気で僕、自分のこと考えてなかった。それぞれの役と全体の流れはだいたいイメージ出来てたんだけど」

「えー」

「指揮者が自分のこと忘れてる」

 あはは、と笑い声があがる。

 四季が穏やかに言った。

「丘野くんは『1月』をイメージした衣装にしたら?『1月』は12の月で最初の月だし、指揮者のイメージとしてはピッタリだと思う。指揮を入れながら、『1月』を同時にこなすの」

「そうだな。丘野、歌もうたえるし、歌いながらのリードっていう手もあると思う」

 舘野馨が言った。舘野馨は『4月』のソロ担当である。

 樹はイメージをまとめているのか、口元に手を当てた。

「そうだな…。じゃあ僕が『1月』として──『1月』が立っていない時の指揮は?」

「女王の宮殿がそうね。丘野くん、宮殿では『廷臣たち』の衣装で登場するのは?丘野くんの衣装は羽織るだけでいい感じのデザインにして、場面に合わせて衣装が変えられるようにするの」

 そう提案したのは雛子だ。樹が雛子を窺うように見た。

「雛子、僕の指揮があった方がいいんだ?」

 雛子というくだけた呼び方になっていることに雛子も反応する。

「何よ。いきなり、雛子って」

「『高遠さん』がいいの?」

「そうは言ってないわ。雛子でいいわよ」

「で、雛子は僕の指揮があった方がいいの?」

「いいに決まってるわよ。何よ、あなたの指揮したい舞台なんでしょ?あなたの指揮がなくてどうするのよ」

「そう。…よかった」

「何よ。その言い方。私が丘野くんの指揮が嫌いみたいな」

「嫌いじゃないんだ?」

「指摘は的確だわ。デリカシーないけど」

「君もね」

「私、正直なの」

 にっこり笑う雛子。今日は何を言っても雛子のご機嫌を損ねることはないだろう。

 四季がちょっと羨ましい、と樹は思う。



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