時は今



 綾川の家は料亭の方は人の出入りが忙しなかったが、料亭とは少し離れたところにある本家の方は、鳥の声や虫の音が聴こえるほどに静穏だった。

 家が広くて、隆一郎と早織の生活する屋敷と、祈、早瀬、四季、美歌の生活する家は別に建っていて、回廊で繋がっている。

 祈が綾川の家に来た当初は同じ屋敷に住んでいたのだが、隆一郎は「寄らば切る」というくらいの怒りようで、祈につらく当たったので、やがて早織が見かねて隆一郎を怒り、孫が生まれてもそういう態度でいるおつもりですか、と祈と早瀬に「あなたたちはあなたたちの生活をなさい」と、家の敷地を半分祈と早瀬に譲り渡してしまったのである。

 それで隆一郎はまた機嫌を損ねるのではないかと早瀬はひやひやしていたが、隆一郎は何故かその後は何も言わなかった。

 その頃には早瀬のお腹は大きくなっていたから、早織は「早瀬さんがこんなことになるなんて思ってもみなかっただろうし、隆史さんも出て行くし、お父さんも動揺しているだけなんですよ」と言っていた。

 それで祈と早瀬は回廊の向こうに繋がっている家に移り住んだのだ。

 それで四季が生まれて、人なつこいところが祈に似たのか、隆一郎にもよくなついたため、隆一郎も四季を可愛いがり、四季が楽しそうに玩具のピアノを弾いているのを目にして、ピアノは好きか、私がお前のピアノを買ってやろう、と四季にグランドピアノを買い与えてしまったのである。

 周りの者は、あの隆一郎が、と正気を疑ったが、隆一郎は本気で四季を楽器店に連れて行き、どのピアノが好きかと選ばせたのだから、何が幸いするかわからないとはこのことである。

 隆史が出て行ったことがこたえていたのか、隆一郎は四季にはそれほど厳しく「つき合う女性はこういう家の者でなければだめだ」と言うこともなかった。

 「若様はおモテになるわりに、そういう面では慎重でらっしゃるようですよ」という周りの声が隆一郎を安心させたせいもある。

 四季も、隆一郎が好きにピアノを学ばせてくれた恩もあるし、素直な性分だったため、お祖父様が不安になるようなことはしないように、と言い寄る女子に興味本位に手を出すようなことはしなかった。



< 414 / 601 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop