時は今
隆史が隆一郎に勘当されて出て行ったことや、祈が綾川の家に来た時に隆一郎が甚だ怒っていたことは、四季や由貴から聞いていたから、忍は隆一郎のことが気にかかっていた。
自分が四季とつき合っていることは隆一郎の耳には入っているだろうし、綾川の家とは何の繋がりもない自分──それも実の親がふたりともいないのだ──となると、隆一郎からすれば四季の相手としては、とんでもないと思われるような存在ではないか、という心配があったのである。
四季とは別々の部屋で、養女という立場で扱われるとはいえ、隆一郎には不安な存在なのではないか。
四季の家に向かおうと本家からの回廊を歩いている時に、隆一郎とすれ違った。
その時は四季と一緒だったため、隆一郎は目を合わせてくれたのだが、特に言葉はなく行ってしまったため、真意は読み取れなかった。
湯あがりに回廊に出ると、庭はほのかな明かりに照らされて、綺麗だった。
昼間の明るい庭もいいが、夜の庭も違った雰囲気でいい。
忍は、何かに誘われるように庭に出た。
ゆっくり歩をすすめてゆくと、本家の、庭に降りる廊下で、隆一郎が座って庭を眺めているのに気づいた。
視線が合う。
動けない。
隆一郎はおもむろに立ち上がる。忍の方に歩いてきた。
ぼうっとしていた忍は歩み寄って来る隆一郎に、慌てて姿勢を正し、深くお辞儀をする。
「これからお世話になります」
隆一郎は軽く頷いた。
…言葉、が続かない。
何を話せばいいのだろう。
忍が緊張していると、隆一郎が口を開いた。
「……。隆史、は元気か」
意外なところから話を切り出されて忍は隆一郎を見つめる。明るい気持ちになった。はい、と答える。
「いい先生です。生徒からも慕われています。お昼時間に生徒と一緒に食べていたりするのも見かけます」
「…そうか」
隆一郎の表情にわずかばかりの安堵が見えた。
忍はその表情にせつないものを感じる。何となく、聞いてしまった。
「──あの」
「……」
「身内の方とはそういうお話はなさらないんですか?」
隆一郎は忍の問いに真面目に忍を見詰める。失礼なことを聞いてしまった気がして、忍は頭を下げた。
「すみません。失礼なことをお訊きして」
「いや」
隆一郎は自嘲的な笑みを浮かべた。