時は今
忍は不思議そうに瞬きした。隆一郎は笑う。
「意外かね?年寄りがインターネットで海外の方とやりとりをするのは」
「いえ…。驚きました」
忍はそう言って微笑んだ。
隆一郎が庭に出て話している人物に少々意表をつかれたのか、早織が廊下から声を投げた。
「あら、あなた。こんなところで家に来たばかりのお嬢様を独り占めなんて」
「いいだろう。話したいならお前も入ればよい」
「何のお話かしら?忍さん、面白いお話は聞けて?この人ったら、最近、パソコンなんかの前にお座りになって、私なんかには目もくれないんですよ」
「人聞きの悪い」
「うふふ。冗談ですよ」
早織は口元に手を添えて笑う。忍には隆一郎と早織の仲が良いことはそれだけで見てとれた。
早織も庭に出てきて隆一郎と忍のそばに来る。
向こうの音楽院のことを少々調べていた話をしていたのだ、と隆一郎が端的に話すと、早織はそれだけで、四季のことと忍の祖母のことだと理解したようだった。
「忍さんのご両親のことはお話しになったのですか?」
早織は柔らかい調子で尋ねる。隆一郎が「いや」と首を振った。
忍を見る。
「あなたが少々不穏な者たちに狙われていることを聞いたので、こちらでも調べさせていただいた。忍さん、あなたの父親はご健在のようだ。現在は外国におられる。母親の葵さんの消息はつかめなかったが、葵さんのご実家はわかった」
忍は息を飲む。母親の実家。辿ろうとしても辿ることの出来なかったことだ。
「母に…親族がいるのですか?」
「葵さんの本名は九頭龍葵。揺葉葵というのは、一族が彼女に与えた徒し名のようなものだ。葵さんは九頭龍の一人娘として生まれたのだが、生まれた時から神子として扱われたようだ。彼女にはそれが足枷であったのだろう、ある時九頭龍の家を出て行き、神子にあってはならぬものに身を落とした。男と交わったのだ。そうすれば神子という神棚から降りられると思ったのであろう。一族はひどく怒り、葵さんを一族から排斥し、葵さんの代わりとなる神子を立てた。九頭龍葵の名を、別の人間が負ったのだ。だから葵さんは本当の九頭龍葵でありながら、二度と九頭龍葵の名を名乗ることは出来ない。忍さん、あなたが葵さんの親族について何も知ることが出来なかったのも、そのせいなのだ」