時は今
隆一郎は静かに言った。
「過去に因縁がないのは、双方の家にとってよいことではあるだろう。家のことを表沙汰にせず、忍さんを大事に扱うことは、九頭龍の家にとってもわるい話ではない」
いつまでも立ち話もなんですから、と早織が話を切り上げようとする。
「肌寒くなってまいりましたね。あなた、この話はまた、しばらく落ち着いてからにでもしましょう。忍さんがいちばん驚かれているわ」
「ああ──そうだな」
四季が忍を探していた様子に気を遣ったのだろうか。隆一郎と早織は戻って行ってしまった。
四季は和服に袖を通していた。忍もそうだ。
綾川の家は、今日はいつになく来客が多いように思えた。
いつもこうなの、と忍が四季に聞いてみると、四季が言いにくそうに「忍が来ることを聞いて、たぶん忍のことを見に来ている人もいるんだよ」と答えてくれた。
忍は、綾川の家に来て、まさか自分の生家にまつわる話を聞かされるとは思わなかった。
自分に本当に親族がいるのだ。何だか変な気分だ。
忍の気持ちを察したのだろうか、四季が忍の手を握った。
「忍、大丈夫?」
「……。うん」
忍は四季を見上げた。
「私、本当は不安だった。四季の選んだ人でいることが。だからさっき、四季のお祖父様とお祖母様に、もし私が四季にふさわしくない者でしたら、遠慮なく縁をお切りくださいって、そう言ったの。私のことが四季の人生の枷になるようなことがあってはいけない。そう思って」
「…忍」
「でもそれは私の取り越し苦労だったみたい。お祖父様もお祖母様も私の目を見てお話してくださったわ。嬉しかった」
そう言葉にすると、忍の目から涙がこぼれ落ちた。
忍は俯いて指先で涙を払う。
「……。ごめん。泣くつもりじゃないんだけど」
「……」
「ごめんね。どうしてだか、泣けてくるの。こんなこと言ってもわからないよね。──私もどうして泣いているのかわからない」
ほっとした気持ちの反面、忍には言い様のない絶望感にも、同時にさらされているような気分でいた。
家族とは、血の繋がりとは、何だろう。
四季や由貴のような繋がり、静和や涼のような繋がり──。智にしてもそうだ。
自分の周りの人間には、身近な人との繋がりらしい繋がりがあるのに、どうして自分にはなかったのか。