時は今



「……」

 そんなふうに冷静になれるものじゃないわ、と言おうとして──雛子はそう言葉にすること自体がひどく子供じみた、我慢の利かない人間の科白であるような気がして、何も言葉にしなかった。

 憤りのようなものだけが渦巻いている。これは誰に対する憤りなのだろう。四季に?忍に?自分に?それともこういう感情が自分の中にあること自体に?

 つらい。自分で自分が。

 どうにもならない。



 ──と、その時、ぶしつけに客間の襖が開いた。

 雛子が驚いて目を見開く。

「丘野樹」

 樹は心配そうな表情を滲ませていた。

 雛子はきっと睨みつける。

「何であなたがいるのよ!」

 樹は穏やかに口を開いた。

「四季に怒られた」

「……?」

「好きなのに、傷つけることしてどうするって言われた。言われて──そうだな、と思った」

「好きなのにって」

「鈍いな、お前。俺も相当鈍いけど。つーか、お前、はっきり痛いだろ、こんなとこ。四季の妹はいるわ、彼女の揺葉忍はいるわ、天敵の綾川由貴はいるわ、先生はいるわ。お前絶対泣きたいだろ、今」

 ついさっきまで、心底ムカついていた相手にそんなことを言われて、雛子の憤りは頂点に達していた。

「あなたみたいな男に同情なんかされたくないわよ!」

 すっくと立つ雛子に、樹は真面目に言い放った。

「傷つけたなら謝る!話なら聞く!だから少しくらいは心配させろよ!」

 雛子の手を掴むと、隆史に一礼した。

「ごめん、先生。こいつ、連れて行くんで。明日、話します」

「ちょっと…っ」

 高遠雛子と言えども、男の手にがっしり掴まれたら敵わない。

 高遠雛子が連れ去られて、隆史たちはぽかーんと取り残されてしまった。

 由貴が呆気にとられてぼやく。

「…何?樹。あの女に惚れてるの?」

 忍が、そうらしい、と目配せした。



     *



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