時は今
雛子は不思議な気分になっていた。四季の家の庭で、嫌いだと思っていた丘野樹と手を繋いで歩いている。
冬にマツユキソウを見られるくらいに滅多にないことが起こっているのだ。
歌いたい気分だった。確かに私は、冬にマツユキソウを見たのだと。
「森は生きている」の歌を、雛子は口ずさみ始める。歌が好きだ。音楽が好きだ。
四季の庭で歩けることが雛子は嬉しかった。
私はあなたに出会えて良かった。この歌に出会えて良かった。
前方に人が立っているのが見えた。樹と雛子は立ち止まる。
その人はふたりの方を見ると、愛嬌のある瞳を動かした。
「あれ、四季の」
雛子が白王の制服を着ていたので、四季の同級生だとすぐにわかったようだった。
小柄だが、四季と何処か顔立ちが似ている。もしかして、と思っていると、その人はぺこりとお辞儀をした。
「こんばんは。四季の父の綾川祈です」
さすがに樹も雛子も「こんばんは」とあらたまって返事をした。
祈はにこっと笑った。
「お散歩?忍ちゃんもこの間、歌うたってた。この庭歌いたくなるのかな」
樹と雛子が手を繋いでいることに気づいたか気づかなかったか、だが祈はそのことにはふれてはこなかった。
「歌いたければ歌って行って。ごゆっくり」
蝶がふわふわと飛んで行くような軽やかさで、祈は行ってしまった。
「…何か」
祈が行ってしまった後もぼーっとそちらを見つめたままで、樹が口を開く。
「あの人が四季のお父さん…なるほどね」
「なるほどって何がなのよ」
「綾川先生と全然タイプの違う男じゃん。綾川先生は長身だし、かっこいいし、やっぱり由貴のお父さんって感じで、何か四季のお父さんの方は…何ていうか、雰囲気が四季にやっぱり近い。ふわっとしてる」
そのことに関しては雛子も樹と同意見だった。
見ている方もふわっとした気分にさせられるところが四季のそれと似ているのだ。
「幸せを運んできそうな感じの人ね」
雛子が人をほめるのはめずらしい気がしたので、樹はつい雛子を見てしまう。
雛子は訝しげに言葉を返す。
「何?」
「いや…雛子が人をほめるのって」
「好きな人のお父さんが好きな人に似ているとほめたくならない?なかなかないわ、こういうふうにいいところが見事に似ているのって」