時は今
忍は四季を見つめ返して柔らかい語調で言った。
「今日、不安だった」
雛子に対して思っていたことは、さっき雛子の前で言葉にした。
言葉にしたけれど、気持ちがいっぱいいっぱいで、何を言っているのかもよくわからなかった。
四季が好きだということは簡単に言葉に出来るが、心の中でその時、その瞬間に思う細やかなことを言葉にすることは何て難しいのだろう。
語彙力があるとかないとか、自分の気持ちがわかるとかわからないとかいうのとは、別の次元で、その一瞬に思うことを伝えることは難しい。
それくらいのもどかしい感情。
言葉が途切れてしまう。
今日の最後に四季が「僕は揺葉忍」と言ってくれたことにほっとしたのか、なのにどうしてこんな気持ちになっているのかは、わからないけれど。
「…ごめんね。話したいことは、たぶんいっぱいあるの。でも、こうして聞かれると何を話していいのかわからなくなってしまう」
「忍」
「気持ちを言葉にするのって難しいね」
忍はそう言って俯いた。
四季は忍に手をのばすと軽く抱きしめる。
「ごめん。真白のこと気遣ったりするの、不安だった?」
「うん」
「高遠さんのことも?」
「…うん」
忍の中で様々な感情が回っていた。でもそれを言葉にしてはいけない、と思う感情がずっと胸をしめつけていたことに気づいた。
「でも…四季が、つらいのかもしれないのにって思ったら、言えなかった」
忍は以前、吉野智に言われた言葉が、ずっと心にひっかかっていた。
『忍、お前、人に対して遠慮しすぎだ』
忍のことを心配しての智の一言は、忍の心に、それまで考えたことのない視点を与えてくれた。
『自分のことより、人のこと優先しすぎだ。何でそうなる?お前自分が大事じゃないのか?何でわざわざ背負わなくてもいい他人の荷物までお前が背負ってる?そりゃ、自分のことがわかっていて、あえてそうしたい余裕のある奴がすることだ』