時は今
「それはそうと、涼先輩見かけませんでした?」
「あ…うん。さっきそこの階段のところで会った。予定があったみたいで、『涼、もう行かなきゃ』って」
「そう。モデルみたいな女の人に呼ばれて、走って行ったけど」
「きゃー!硝子さんだ!えー!?どうして!?まだ11時前なのにー」
「俺の時計、11時過ぎてるけど…」
由貴がツッコミを入れると、少女は由貴の腕時計を見て「きゃー!!」とまた叫ぶ。
「時計止まってるー!!すみません、ありがとうございました!!失礼します!!」
ひとりで由貴と四季のふたり分の元気がありそうな少女──モモは、慌ただしく駆けて行ってしまった。
「何か、今度はすごい賑やかな女の子だったね…」
「うん。涼ちゃんと対照的。──あー…耳の中、響いてる…」
四季は音に敏感である。モモのきゃぴきゃぴな高音は、四季の耳には少々キツかったらしい。
由貴が「彼女あんな感じじゃなかったっけ」と、笑う。四季には歳下の彼女がいて、会ったことがあるのだが、モモのような明るいタイプなのである。
四季は困ったように言った。
「可愛いよ。可愛いけど…カラオケに連れてかれてよくわからない曲歌わされたり、テーマパークに一日中いて平気だったり…すごいよ、何か」
つき合い始めたのは、バレンタインにチョコレートをもらってかららしい。
四季のピアノを弾く姿に彼女がときめいてしまい、アプローチは彼女の方からだったのだが、若干四季の方が振り回され気味のようである。
「えー?話合うの」
「んー…。合わないこともない。スイーツは好きだから、そういうお店巡ったりね」
「でもケーキバイキングとか連れてかれても、四季、そんなに食べられないでしょ」
「当たり」
「あー…俺には考えられない。気を遣って疲れそう」
由貴には彼女がいない。その上中学は男子校だったから、女子と話すことそのものが由貴には慣れないことになってしまっている。