時は今
「涼、いなかったの?」
車内で待っていた少女──歳は離れてはいるが静和の恋人である──揺葉忍が、静和に尋ねた。
「硝子さんと一緒に行ったらしい」
「やっぱり?ショパンが聴こえたから最初涼かと思ったんだけど…。弾き方が涼じゃなかったから」
「いい耳してるね、忍。何故か綾川四季が弾いてた。間近で見るの初めてだけど、可愛い子だったよ」
「ふうん…」
「でもおかしいな、彼は輝谷音大附属のはずなんだけど」
「友達が白王の子で学校に遊びに来たとか?春休みだし。見学に来る新入生のためにしばらく解放しているみたいだし」
「なるほどね」
静和が運転席のドアを閉める。
「──忍は何か食べた?」
「ううん。大丈夫。撮影してる時に何か食べておくから」
「本当はゆっくり食べたかったんだけど」
「明日でもいいんじゃない?涼の誕生日があるし」
「そう?」
軽くキスをしてくる。
静和がハンドルを握る。ふたりを乗せた車は走り始めた。
*