時は今



 コツン…。

 静かな図書室で、四季の耳には届くくらいの距離と音の大きさで、窓が鳴った。

 教科書に目を落としていた四季は、ふっと顔をあげ、首をめぐらせる。

「あ…」

 彫像のように整った、何処かもの憂げな表情をたたえた中性的なその面差し。

 揺葉忍だった。

 四季は驚いてしばし目を奪われ、言葉を発せずにいた。

 透子は書棚の向こうの奥のデスクで仕事をしている。

 揺葉忍も微動だにせず、四季を見つめていた。

 四季は席を立つ。ちょっと待っていて、という素振りで忍に向かって軽く手を挙げて合図を送ると、忍は小さく頷いた。

 四季は透子に声を投げる。

「先生」

 透子は顔だけをひょっこり出した。

「何?」

「僕、そろそろ戻ります」

「そう」

 窓の向こうの忍の存在を知らない透子は何の疑問も抱かなかったようだった。

 図書室を出て、四季は忍のところに向かう。

 揺葉忍は四季が来てくれたことに温かい表情を浮かべた。

「…ありがとう」

「どうしたの?」

「少し違う音楽が聴きたくなったの」

 星の丘に記憶と共に囚われていた人物が自らの意志でこの場所まで来たのか──四季は「良かった」という思いも半分に、忍を気遣うように言った。

「音楽は嬉しいけれど…。何か食べた?動いたりして大丈夫?」

 それほど空腹は感じなかったが、忍は少し「何か食べた方がいいのかな」と思った。

「食べられるなら食べたいけど…。私、普通に見えているの?今」

「僕の目には」

 授業中だからか、校舎の周りには生徒の姿はなく、抜け出すなら今しかないという空気があった。

 授業が終わってからだと人目につく。

 その時忍の姿が他の者の目に見えていなかったら──。

「行こう」

 四季はリードするように歩き始めた。




 


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