検品母
「あゆみがどうしたんですか!」
「こちらへいらして下さい!」
秀子が何か聞く隙を与えず、ずんずんと校舎へ向かって歩いてゆく。いつもの先生然としたふうでなく、何か思いつめた感じだった。秀子は校長室へ通された。ソファに校長、岩下先生、貴美の担任の島田先生が並んで座った。妙子は三人のそこだけ重く暗くなった空気に押され、何も言えなかった。校長が言った。
「落ち着いて聞いてください。あゆみちゃんがクラスの友達を刺しました。」
秀子は、日本語の意味はわかったが、校長がなんでそんなことを言っているか、わからなかった。身動ぎもできずにいると、校長は続けた。
「木村薫ちゃんを刺してしまったんです。薫ちゃんは救命センターに運ばれました。」
救命センター、という言葉を聞いて、秀子は事態の重さが初めて伝わってきて、腰から下が、ガクッと力が抜けた。今度は岩下先生が、口を開いた。
「あゆみちゃんは、府警の方が連れてゆかれました。」
岩下先生は、「連行」という言葉を使わないように、気遣いながら言った。島田先生は秀子と同様、口も利けずにうなだれている。秀子は島田先生がまだこんなに若かったのだ、と、そんなどうでもいいことを感じた。27,8歳くらい。土日に繁華街に大量出没する「女の子」な年頃だ。
「府警であゆみちゃんから、お話を聞いているところです。お母さんも、お辛いでしょうが、今から警察でお話していただきます。」
岩下先生が続けた。けれど秀子は、口を利けることも、いや、考える事すらできなかった。その後しばらく、校長と岩下先生の説明が続いたが、秀子には、家事をしながら聞くテレビの様に、断片が飛び込んでくるだけだった。・・・どれくらい、4人の沈黙が続いただろう。校長がこれを破った。
「今から、お母さんの方も、警察でお話していただきます。」
ドアの外に人の気配がした。3人の先生方が立ち上がり、ドアの方へ行こうとした。秀子もこれに続こうとしたが、立てないのだ。ソファから。それを見た島田先生が、駆け寄ってきたが、秀子が覚えているのは、そこまでだった。


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