検品母
気がつくと秀子は、病院のベットで点滴を受けていた。足元には、寛之が俯いたまま座っている。細面の顔は目の下に隈を作り、そこだけ暗く見えた。秀子は、自分がどうして寝ているのか、わからなかったが、しだいに先程の、校長室でのふってわいたような、重苦しさを思い出した。
「寛之・・・」
「ああ・・・なんてことしてくれたんや!おまえがちゃんとしてへんかったからやろ!」
寛之は、後輩のしくじりを責め立てる、高校生のように叫んだ。
「ちがう、私はあゆみのことちゃんとしてた!学校のことも聞いてた!」
「それやったら、あれは何なんや!」
寛之は、徹底的に秀子をののしり始めた。大声を聞いた看護師が、かけつけてきた。
「ご主人、奥さんは倒れられたんです!どうか・・・」
その看護師を寛之は突き飛ばした。悲鳴を上げた彼女を聞きつけて、看護師が4人なだれ込んできたが、寛之は、エサの時刻の遅れたコーギーのように、叫び続けた。
騒ぎが収まったのは、ごつい体格の男性看護師が、寛之の肩を押さえて、
「こんなときやさかい、ご主人、おさめてください。」
と言ってからだった。言葉の足らぬ感じだが、今時の20代には珍しく、ごつい男が野太い声で、相撲取りのインタビューのように言うと、寛之は、ガクッとすわりこんだが、先程のうつむいた顔になり、やおら立ち上がると、病室から出て行った。
「あ、ちょっとご主人!」男性看護師が追ったが、細身の軽やかな身のこなしの寛之にはついてゆけなかった。女性看護師たちは、寛之を追うよりも、修羅場が収まった事に、ホッとしている様子がありありであった。
秀子が家に帰ってきたのは、病院で一晩過ごしてからだった。寛之がプイッといなくなってから、秀子は、運び込まれた様子と、病状を医師から聞いた。
「軽い脳貧血と、ショック状態でした・・・安定剤を投与しました・・・」通りいっぺんの説明だったが、「大変なことになったな。」という類の、言下のメッセージ、どこか労わるようなニュアンスを、秀子は感じ取った。






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