検品母
病棟では、石田治という精神科医が、担当になった。広井幸男と同年輩らしいが、くどい、子供っぽい顔と、高校生のようなヒョロヒョロした体なので研修医みたいに見えた。石田は秀子に投薬し、隔日でカウンセリングをするようだった。
「病院には慣れましたか?」
「ええ。」
「何か困った事はありますか?」
「いきなり大声を上げたりする人が居て、びっくりします。」
「そうね。症状が重い人がいるからね。見ててきつい?」
「そりゃ、早く収まって欲しいけど、あの状態の家に戻るのに比べると。」
「つらかったんですね。」
秀子は、ここでも共感する人に会えて、涙を流した。石田の言葉は平凡だが、隅々に心使いが溢れている。ママ友などと違って、同じ言葉を使っていても、秀子を蝕むのでなく、保護してゆくような。
「緋那ちゃんは、児童支援施設で、元気にしているようです。あゆみちゃんは、群馬の児童の更正施設で、しばらく過ごすそうです。お子さんの事で気になる事は?」
「いえ、私はもう母親失格です。だから、心配したって、私がきちんとしてないから・・・」
秀子はまた泣き出す。石田はティシュを渡しながら、
「あそこまで、きちんと育てたじゃないですか。これからも、あゆみちゃん、緋那ちゃんにとっては、秀子さんはお母さんであることは変りないですよ。」
「でも、あんなことになってしまって。」
「問題というものは、実は一つの、一人が原因でないんですよ。それより、今の状況を変えてゆくのに、どうしたらいいかいっしょに考えませんか。」
そんな風に石田は、秀子の支持に徹しながら、カウンセリングを続けていった。そこで、わかったことは、秀子は、自分がどうしたいか?というより、自分がどう見えるか?ということに重点をおいて、生きている事。「ここは、おかしな人ばかりだから、人目が気にならない。」というように。娘たちにもそういう生き方を強いている。人は、多かれ少なかれ、人から見られた自分を気にして生きている。ただ、秀子の場合は、それが強い。それはそれで生きる事のささえとなるが、人から見られた自分をとり繕えなくなった時、人格は破綻する。そんな人には、人格が育っていくのを待つような、支持的なカウンセリングが必要だ。石田はひたすら秀子を傾聴し、肯定する事に徹した。


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