検品母
だが、帰ってみると、寛之はダイニングテーブルに座り、病室に居たときの様に、まんじりともしないでいた。いつのまにか、幼稚園から送り届けられた緋那は、ぐったりとソファに横になっている。
玄関のインターホンが鳴っている。秀子は立ちたくなかったが、ブザーがやまないので、モニターの受話器を取った。モニターには記者らしい男が、職務を与えられた猟犬のような目で、映っていたので、モニターを切った。その後、何人もの記者らしき飢えた目つきの男女が、モニターに映った。ただ、何度目かに映ったのは、名越育子だった。
「山口さん、名越です。」
「はい、待ってね。」
秀子はバラバラになった心を、取り繕った顔を作り、玄関へ向かった。
「名越さん。」
「こんな時だから、買い物にも行けないだろうと思って。」
名越育子は、スーパーの袋を提げていた。
「ありがとう。」
「私にできることがあったら、何か言ってね。」
名越育子は、沢山いるママ友の一人だ。貴美と同級の女の子がいる。秀子は育子の心遣いが、一瞬嬉しく感じたが、秀子の心に、育子の視線や雰囲気が、チクチクと刺さる感じがした。丁重にお礼を言って、玄関先で別れたが、リビングに戻ると、バラバラになった心に余計棘が刺さる感じがしていた。どうしてか、暫くわからなくて、ダイニングに座り込んでいたが、やがてある光景が浮かんできた。
それは、秀子がまだ小学校の時だった。クラスに宮下恵子ちゃん、という口蓋裂をもって生まれた子がいた。恵子ちゃんは、鼻の下が何かゴチャゴチャしていて、鼻も赤ちゃんのように低く、口は左右違っていた。けど、すごい活発な子で、勉強も秀子よりできた。その恵子ちゃんは、よく夏休みとかに、遠くの病院へ入院して、手術を受けていたのだが、秀子はクラスのみんなが励ますように、「がんばってね。」と言った。恵子ちゃんは「ありがとう。」と、紋きり型のことを言ったが、うれしくなさげだった。どうしてだろう?励ましてあげているのに、と秀子は変に思った。
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