検品母
元村弥生は、彰治朗が帰ってきたのをソファから、目で追うと、また眠りに付いた。
あれ以降、弥生は、何をする気にもなれず、寝たり起きたりが続いている。
薬が切れると、かかりつけの医院の終わりかけに、安定剤だけをもらいにいく。
「ゴロゴロ寝てられてええな。」
彰治朗は、チクリとだけ言うと、二階に上がった。
自分は、生活のために会社の人の無言の圧力に耐えながら、働いているのに、この女は。
秀子の面会に行くでもなく。
弥生は、のそっと起き上がると、テレビを付けた。
つまらないお笑いを見るとも無く見る。
室内着の襟は、大きくなり、丸首がVネックのように開いてしまった。
13号の洋服が、7号ぐらいにサイズダウンしている。
以前の弥生なら、社交ダンスのスカートが絞れると喜んだが、今は体重計に乗る気すら起きない。いや、社交ダンスに出かけていく事など、二度とないだろう。
テレビでは、同郷の芸人が自身の顎の出た容姿をネタにしていた。
以前の弥生なら、爆笑していたが、今は見ていても痛いだけだ。
ふと、結婚が決まってから秀子と出歩いていた頃を思い出す。
「何あれ。」
秀子は、すれ違った人の顔のことを、弥生に告げた。
「小顎症やろ。ひどいと、人工呼吸器も要るのや。今は妊娠中に撥ねれるから、安心しい。」
「ほんと、技術の進歩ねえ。で、あんなんでよう外歩けるわあ。」
しかし、弥生たちが今反対に指差しされる立場なのだ。
そう思うと、また、弥生は、安定剤に手を伸ばした。



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