検品母
田中節子は、今週のお教室の課題のビーズをつなげている。
横では、夫の田中吉平が釣具の手入れをしている。
吉平が、「ごはんとってくる。」
と言うときは、空港沿岸の、誰でも取れる雑魚をとりに行くときであり、
「大物を狙う。」
と言うときは、紀伊水道へ漁師に船を出してもらう時。チャーター代のわりに、雑魚しか獲れない時もあるし、ときにはスカもある。
おかず代が浮くので、食費は家族三人で2万円かかるところ、1万円チョイ。
けれど、釣具代のおねだりをされることもあるので、家計としては相殺である。
毎回「ごはんとってくる。」だと、ありがたいのだが、男はロマンを求める生き物である。
「お教室、山口秀子さんがあんなことなって、ツレおれへんねん。」
「近所の誰か誘いや。そうか、ビーズに熱中してたらええ。」
「それでも、お教室済んだあと、みんなで食べに行くの、はみごにされるねん。」
「そんなん、別のとこで、ツレ誘え。」
田中節子は地味な容姿におずおずした物腰である。
なので、つい、ハブられるからか、仲良くなってくれる女は少ない。
ただ、幸い、ビーズ教室はのぞみ台のママ友集団より、オタク度が高いので、
華美で浮いてしまう、山口秀子とだけ、つるんでおられる。田中節子は地味過ぎて浮いているのとは逆に。
「なんで、あんなことなったんやろなあ。」
「しるか。魚だっていくら漁師がここや!というポイントをあたっても、おらんときは、おらん。絶対にこうなるっていう、条件があったら、世の中不自由ないわな。」
吉平の答えは、明確だが、節子のモヤモヤした感情までを、汲み取ることはできないようだ。



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