検品母
その後、山口秀子はどうしたか覚えていない。いつのまにか電車を乗り継いで、なんばにいた。OLのころは、庭のようにしていたところだ。高島屋の玄関は、都会でのステージのようで、梅田より雰囲気がある。かつての秀子と一郎のようなカップルも多く、せわしげに通り過ぎる。大部分は、秀子たちより、イケていないご面相だが。
以前は、そういうカップルを見下す事も愉しみの一つだったが、今は秀子たちが見下される立場なので、そういう余裕はない。これから、すずしいビヤガーデンかクラブに繰り出すのか?
さすがにああゆう事件の後なので、メイクを変えて、人相を変えている。その点は、個性の強くない美人顔で良かった。個性的なお顔立ち≒○スは、メイクしたって、その人だと判るもの。だれも、山口秀子だと気づかない。
ふらふら歩いていると、ナンパ橋のところで、歌舞伎の松の廊下の台詞のように声が掛かった。
「お茶せえへん?」
30くらいの、いかにも「もうかってます。」な、いい服地のスーツ。背は165cmと低いが、わりと見栄えのする目鼻立ちの男だ。
以前なら、得意げになって断るのも愉しみとしていたが、今日は違う。
言われるまま、飲食店に入り、食事した後、知らぬ間にホテル街に来ていた。
「疲れた。休んでいこう。」
ラブホテルに入り、やる事が終わると、男は、
「携帯教えてよ。」
と言う。教えると、メモリ登録して、名刺と何枚かの万札を渡してきた。
「ITベンチャーのCEOや。会える時間は決めにくいけど、いつでも連絡してきて。」
男と別れると、また電車に乗ってアパートに着いた。
そして、そのまま布団を敷いて眠り込んでしまった。

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