検品母
鉄筋の階段を登ると、案の定、山口秀子はいない。しかたなく、大家さんちに行ってみた。
広々した鉄骨作りの家の庭には、盛りをすぎたケイトウと、これから咲くコスモスが混在していて、車が何台か止まっている。
「すいません。山口さんは、留守ですか?」
「ああ。いつでも朝おそくから出かけてて、午前様みたいや。」
「じゃあ、私の紹介した工場にも行っていない。」
「やろな。別の働き口見つけたんとちがうか?しかし、あんたも大概、面倒見ええな。」
奥からは、夕ご飯の匂いがする。お腹が空いているであろうに、この手広く商売をしている男は、鷹揚に相手をしてくれる。こういう大家さんなら、安心だと思ったのに...
「そうですか。それやったら、しかたありません。また見に来ます。何かあったら、教えてください。」
「はいよ。うちは、住民とは、よう話するさかいな。」
同和地区というと、偏見がある人もいるが、中の人は昭和30年代の人情味のある人も多い。
今度は、26号線を下りながら、自宅に向かう。一生懸命になりすぎだと、同僚も医師も保健婦も言うが、この仕事にベストの結果は、稀だからこそ、動くのだと思っている。
「金八先生みたいで、照れるけど、そうせざるを得ないな...」
ゴルゴ13みたいにつぶやきながらも、大阪のおばちゃんよろしく、信号待ちでアメちゃんを口に入れた。食いそびれることが多いので、必須アイテムだ。






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