検品母
秀子は、人形のように動かない状態が続いており、精神保健福祉法第29条の、強制入院の手続きがなされ、保護室のある精神病院に収容された。ここでも精神科医や看護師がケアに来るが、秀子は反応が見られなかった。その中に、島田先生と同じ27,8歳の若い精神科医、広井幸男がいた。広井は、物腰も風貌も、控え目な男で、不定期に秀子の傍にすわり続けていた。秀子は、広井にも反応せずにいた。それでも広井は、毎日来た。
「広井先生、今度は山口さんですか?」
「ああ。」
看護師が聞いた。今度は、というのは、広井は、病棟のできるだけ「理解不能な」患者に接して、反応を引き出すことを日課にしていた。そのやり方は、ヘレンケラーのサリバン先生の様に積極的でない。子供で、いつまでも電車や犬を見ているのが好きな子がいるが、そんな感じ。本当に好きで、診ている、もしくは見ているのだ。他の職員は、「またか。」と勤務シフト表のように見ていた。ここの院長は、割りに、職員や患者を自由にしているので、広井も、通常業務の他は、診たいだけ(見たいだけ)患者の傍にいた。
秀子が収容されて、一週間のほどのとき、広井は、にファックス用紙を読み聞かせていた。
「山口さん宛てにさのいずみ中央市民病院に届いた、ファックスがこちらに届いたので、お伝えしますね。」
「山口秀子様。今回の事は本当にお見舞い申し上げます。緋那ちゃんは、児童相談所の方が預かりに来られましたが、バナナちゃんのことで、少し勝手な事をさせてもらいました。この状況では、散歩もままならないので、ご主人にお話して、うちの犬さんたちと一緒に、お世話させてもらっています。何かできることがあれば、教えてください。 田村奈津子。」
「田村さんが、おたくのワンちゃんを預かってくれてるようですね。」広井がそう言うと、秀子は涙を流し始めた。広井は、やっと出てきた秀子の反応を受け止めていた。









< 9 / 114 >

この作品をシェア

pagetop