三日月の下、君に恋した
15.呪文は消える
航がてのひらに残した電話番号を、菜生はその日何度も見つめて過ごした。
最初のうちは甘い気分に包まれていたけれど、家に帰るころには、滲んで消えかかる番号と同様に、菜生の心からも華やぐ気分は消えていた。
自分から電話する勇気なんて、とてもない。
「菜生さん。ごはんにしましょーよ」
あたたかい光が射すベランダで咲き始めたヒヤシンスの鉢植えを眺めていると、部屋の中から美也子の呼ぶ声が聞こえた。時計を見ると十二時半だった。
部屋中が、明るい陽射しとおいしい匂いで満たされていた。気温はまだ低いし風も冷たいのに、この胸いっぱいに春だと思う感じはどこから来るんだろう。
「ゆず胡椒のパスタ、作ってみたんです」
リビングに行くと、美也子がうきうきしながらパスタを皿に盛りつけていた。冷蔵庫に残っていたしめじとベーコンをパスタに加えて、ゆず胡椒とバターで炒めたものらしい。
美也子は、残り物を使ってその場で新しいレシピを考えるのが何よりも好きなのだ。そういうところは、菜生には絶対に真似できないと思う。