三日月の下、君に恋した
「すごく好きな本が……あったんですけど」

 なんとか言葉を吐き出した。不自然にならないように、気をつけたつもりだった。その本は今でも好きで、菜生の部屋の本棚の、いちばんよく見える場所に置いてある。

「でもたぶん、知らないと思います。もうだいぶ前に絶版になってるし、今まで知ってるっていう人はいなかったから。とても面白い本なんだけど」

「どんな話?」

「都会に住んでいる主人公が、遠く離れた故郷の森に帰るまでの話。途中でいろんな出会いと別れがあって……なかでも親友になった旅の少年との別れの場面がすごく心に残ってて。故郷に帰るのをやめて少年の道連れになろうとする主人公に、彼が言うんです。『明日が決まってるやつは、旅人とは言わないんだよ』って」

 ひとりでしゃべりすぎてることに気づいていても、菜生は止められなかった。彼は黙ってひとことも差し挟まず、静かな瞳で菜生が最後まで語り終えるのを待っていた。


「それ知ってる。『三日月の森へ』だろ」


 菜生は心臓が止まりそうになった。


「俺も読んだよ。十歳のとき、父親からもらったんだ。まだ家にあると思う」
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