三日月の下、君に恋した
「私と会うのは嫌かな?」

「ちがいます。そういう意味ではありません。ただ、その」


 梶専務に知られたら、また何をされるかわからない。専務の侮蔑のこもった冷たい目を思い出すと、身がすくむ。


「絵が描けるまで。それまででいいんです。私が描き方を思い出す手助けをしてほしいんだ。あなたといると、思い出せそうな気がするんですよ」


 彼は、膝の上の真っ白なスケッチブックを、皺だらけの手で愛おしそうになでた。それを見たとき、菜生は心から彼に絵を描かせてあげたいと思った。

「どうだろう? 約束してくれませんか?」

「はい。約束します」

 菜生がうなずくと彼は安心したように笑って、「それじゃ、どうぞ」と自分の隣を示した。


 なぜか心の中がくすぐったいような、あたたかな気持ちになった。菜生はとまどいながら、彼の隣に腰をおろした。
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