三日月の下、君に恋した
 わざわざみんなに不安を抱かせるようなことを言うなんて、どう考えても理解できなかった。

 あれじゃ、まるで……。


 視界に大きな手が現れて、菜生は驚いた。目の前の資料を押さえつけるように置かれた骨張った手には、見覚えがある。菜生は椅子の背に体を押しつけ、ゆっくり顔を上げた。

 航がすぐそばに立っていて、のぞきこむように菜生を見ていた。表情がない。


「連絡待ってるんだけど?」


 ささやくような低い声に、かすかに苛立ちが含まれているようにも聞こえる。

 会議室には、もう誰も残っていなかった。

 失敗した、と菜生が気づいたときには遅かった。


 彼が、左手をテーブルの資料の上に置き、右手で菜生が座る椅子の背をしっかりつかんでいて、席を立つことができない。


「ごめんなさい。あの……あのことなら、もう、大丈夫なので……」


 至近距離に彼の顔があるので、菜生はうつむいて、もごもご言った。

「大丈夫って、何が?」

 何だか怒っているみたいだ。
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