三日月の下、君に恋した
 言葉の意味を理解すると同時に、火がついたように菜生の頬が熱くなった。

 心臓が、弾むように大きな音をたてて鼓動を刻む。彼と一緒にいた夜のことを思い出しそうになり、菜生はいそいで記憶を閉め出した。話をそらさなきゃ。

「でっ、でも、ほんとうに、いいんです、もう。梶専務のことは──」


「だからさ」

 またため息をつく。少しためらってから、航はあきらめたように言った。

「そのことだけじゃないんだよ。ほかにも俺に話したいことがあるんじゃないの?」


 菜生は、資料を抱いたままうつむいた。

「別に、ないです」

「俺はあるんだけど」


 航は強い口調でそう言って、おもむろに上着の内ポケットを探った。ボールペンを取り出すと、菜生に差し出す。左のてのひらと一緒に。


「そっちができないなら、俺がする。連絡先教えて」

 菜生が迷っている間も、彼は左のてのひらを上に向けて差し出したままだった。
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