三日月の下、君に恋した
3.なかったことに
雨が降っている。ざあざあと水の流れる音がする。
菜生は寝返りをうって布団をかぶりなおし、ここちよいぬくもりの中で体をまるめた。
全身が気だるい疲労感に覆われている。
今日はたしか土曜日だから、急いで起きる必要はない。雨の降る休日の朝。幸せすぎてため息が出る。シーツに頬をこすりつける。
シーツの肌触りがいつもとちがう。匂いも。何か変だと気づいた。
目が覚めた。菜生はホテルのベッドの中にいた。
幸せな気分もまどろみも一気にふっとんだ。
自分が裸でベッドの中にいることを、すぐには認められなくて、何度も記憶を探って確かめる。体に残る数々の感覚とともに、昨夜の記憶が鮮明によみがえってきて、菜生は凍りついた。
何でこんなことに?
ベッドの中にいるのは菜生ひとりだった。バスルームからシャワーの音が聞こえる。さっき、雨の音だと勘違いした水の流れる音。彼がバスルームにいることは間違いない。
とっさに菜生はベッドから跳ね起き、床に落ちている下着を拾ってすばやく身につけ、服を着た。髪をとかす余裕も、鏡で顔を見る余裕もなかった。そのままバッグとコートをつかむと急いで部屋を出た。