三日月の下、君に恋した
3.なかったことに


 雨が降っている。ざあざあと水の流れる音がする。


 菜生は寝返りをうって布団をかぶりなおし、ここちよいぬくもりの中で体をまるめた。

 全身が気だるい疲労感に覆われている。

 今日はたしか土曜日だから、急いで起きる必要はない。雨の降る休日の朝。幸せすぎてため息が出る。シーツに頬をこすりつける。


 シーツの肌触りがいつもとちがう。匂いも。何か変だと気づいた。


 目が覚めた。菜生はホテルのベッドの中にいた。


 幸せな気分もまどろみも一気にふっとんだ。

 自分が裸でベッドの中にいることを、すぐには認められなくて、何度も記憶を探って確かめる。体に残る数々の感覚とともに、昨夜の記憶が鮮明によみがえってきて、菜生は凍りついた。

 何でこんなことに?

 ベッドの中にいるのは菜生ひとりだった。バスルームからシャワーの音が聞こえる。さっき、雨の音だと勘違いした水の流れる音。彼がバスルームにいることは間違いない。

 とっさに菜生はベッドから跳ね起き、床に落ちている下着を拾ってすばやく身につけ、服を着た。髪をとかす余裕も、鏡で顔を見る余裕もなかった。そのままバッグとコートをつかむと急いで部屋を出た。
< 13 / 246 >

この作品をシェア

pagetop