三日月の下、君に恋した
 夫婦は二人ともおしゃべりが得意ではないようで、食べているときも会話はほとんどなかった。

 さっきの雰囲気からも、夫婦が北原まなみについて話したがっているようには見えなかったので、菜生も話題を探したものの思いつかず、結局黙っていた。


 お風呂を借りて部屋にもどると、真新しいシーツにくるまれた布団が敷いてあった。


 夜が深まるにつれ、家を包みこむ静寂はますます研ぎ澄まされていくようだ。


 気温も下がって、ひどく寒かった。昼の間はあたたかく、春めいた気持ちのいい陽気だったのに、今はすっかり冷えこんでいた。

 菜生は身震いしながら布団の中にもぐりこんだ。すると足に、ほかほかしたかたまりがあたった。タオルにくるまれた湯たんぽだった。

 あたたかい布団の中で、北原まなみの最後の手紙を読んだ。それからしばらく考えて、布団の中から出ると、上着を羽織って家の外に出た。


 不吉なほど真っ暗な、都会とは別物の夜があった。

 目の前に開けていた段々畑や、生い茂る木々や山や、そこにあるはずのもの全部が、深い闇に飲みこまれていた。


 空には厚い雲がかかり、星も月も姿を消している。背後の家の灯りだけが、暗闇の中に異質な光を投げかけていた。

 静かだと思ったのは、ほんの一瞬のことだった。


 溶けた闇の中から、無数の音が渦を巻いて迫ってきた。


 いつも聞いている明るい音とはちがう。遠い闇の根元から聞こえてくる音だ。
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