三日月の下、君に恋した
23.交換条件
メモに書かれていた住所は、会社からも菜生の住んでいるマンションからもそう遠くない場所だった。
部屋番号まで書いてあり、集合住宅の中の一室らしい。
いつでもいいから、と言っていた。
まさか自宅の住所じゃないでしょうね、と半分本気で疑いながら、葛城リョウはどういうつもりでこんなものを渡したのだろう、と思った。
この住所がどこであれ、あんな誘い文句を真に受けて、菜生が行くと本気で思っているのだろうか。
それとも、からかわれただけ?
ぼんやりしているうちに、昼休みの残り時間が少なくなっていた。菜生はメモを手帳の間にはさみ、郵便局で手紙を出してから急いで会社にもどった。
一階のエレベーターの前に、航が所在なげに立っていた。待っていてくれたんだと思うと、胸が高鳴った。
航は菜生に気づくと、なんでもないようなそぶりでエレベーターのボタンを押した。
「あの人、何か言ってた?」
菜生がそばに来るのを待って、航が小声で尋ねた。あと数分で午後の業務が始まるため、ロビーには警備員以外誰もいなかった。
「別に、何も」
菜生は嘘をついた。