三日月の下、君に恋した
「行ってきました。会えませんでしたけど」

 航が顔を向けようとしないので、菜生はそのまま一方的にしゃべり続けることにした。

「北原さん、もう亡くなってたんです。その家には親戚の方が住んでいて、彼女とは疎遠だったらしくて、詳しいことは何も聞けませんでした」


 航は前を向いたまま「そう」と言った。やっぱりおかしい。


「あの……誰かって?」


 そのときエレベーターが停まって、扉が開いた。営業企画部のフロアだ。

 航が何も言わずに降りようとしたので、菜生はとっさに両手で彼の右腕をつかんだ。航が驚いた表情でこちらを見る。

 大胆な行動をとってしまったと気づいて、菜生は手を離した。


「話したいことがあります。時間空いたら、連絡してください」

 菜生がそう言ったとき、一瞬、彼の目が困惑したように見えた。


 それを隠すためなのか、航はさっと前を向くと、「いつになるかわからないけど」と言ってすばやくエレベーターを降りた。
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