三日月の下、君に恋した
「あのご丁寧な道路標識は、あんたが誰かほかの人間のために残したモンじゃないのか?」

 航は「ちがいますよ」と笑い飛ばした。


 山路は笑わなかった。


「それに書きかけの企画書が山ほどあった」


「あれは、途中で行き詰まって放り出したやつです」

「けど、どれも悪くない内容だぞ。書きかけっていうより、まるで続きを誰かに書かそうとしているみたいに見える」

「気に入ったんなら、勝手に使ってくれていいですよ」

 山路はふんと鼻で笑って、航の言葉を聞き流した。話をやめるつもりはないらしく、さらに続ける。


「外注先のリストには、営業担当者の性格やら癖やら、デザイナーの得意分野まで細かく書いてあった。そんなの、わざわざ書き出さなくても、全部あんたの頭ン中に入ってるだろうに。それに、どう見てもあんたの個人的な知り合いだとしか思えない輩の連絡先まであった。こりゃどういうことだ?」


 山路が仕事もせずに暇をもてあましている人間だということを、すっかり忘れていた。彼は昼間、航のフォルダの中を探検でもするみたいに、あちこち見て回ったのだ。
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