三日月の下、君に恋した
 フロアを出てエレベーターに乗った。心臓が騒がしいことに気づく。緊張している。

 ここに来るまでにも、想像しうる展開を何パターンも考えてきた。

 相談したいと言うからには、きっと何らかの反応が引き出せたのだろうとは思うが、専務がそう簡単に手を引くとも思えなかった。何か条件を提示してくるかもしれない。


 考えをまとめようとしたが、うまくいかない。悪い結果ばかり描いてしまう。おまけに昨夜から続く熱のせいで、集中力が落ちている。それとも緊張のせいか?

 エレベーターが九階で停まり、扉が開いた。誰もいない静まりかえった廊下を歩いて、専務室に向かう。


──腹を決めろ。


 専務室のドアをノックする。返事があったので、「失礼します」と声をかけて部屋に入る。


 部屋の中の空気は冷え切っていた。窓は閉まっているのに、寒いほどだ。今日は休日だから、空調が稼働しているはずはないのだが。

「休みの日にわざわざ出てきてもらって、すまなかったね」

 正面のデスクに腰掛けたまま、梶専務が言った。


 ドアを閉めると、閉ざされた狭い空間はさらに緊密さを増したようだった。雑音がいっさいしない。防音施工をしているのかもしれない。

 吸いこまれるような異様な静けさに、息苦しさを覚える。
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