三日月の下、君に恋した
「気づくべきだったよ。きみが葛城リョウを連れてきたときに」


 部屋の中の温度がまた下がったようだ。

 汗をかいているのに、震えるほど寒い。


「何を企んでいるのか、話してもらえるのかな? 目的は何だ?」


 近くにいるはずの梶専務の声が、よく聞こえない。白い壁と天井が迫ってくる。足もとがふらついてよろめく。

「おや。具合が悪いのか?」

 専務の声が笑っている。遠くで。楽しそうに。


「話すつもりがないのなら、出ていってくれ。今すぐ」

 笑い声が消え、怒りと憎悪をむき出しにした声が耳に届いた。


「本日をもってきみを解雇する」


 最後の声が吸いこまれると、部屋からすべての音が消えた。





 どうやってもどってきたのか、覚えていなかった。

 気づいたときには営業企画部のフロアにいて、自動販売機にもたれて薄暗い廊下の隅に座りこんでいた。
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