三日月の下、君に恋した
 お風呂から出て、美也子が作ってくれたオムライスを二人で食べた。たっぷりトマトケチャップをかけて。食べ終わった食器は菜生が洗った。

 美也子はリビングのソファに寝そべって、テレビのお笑い番組を見ていた。菜生は部屋にもどって、ドアを閉めた。

 本棚の真ん中にある、いちばん大切な青い表紙の本を手にとった。適当にひらいたページを読んでみる。親しみのある、懐かしい言葉とリズム。それを支える遠い人の想い。


 ゆっくりと潮が満ちるように、おだやかな感情が心にあふれてくる。


 本を閉じて、菜生はふたたび本棚にもどした。

 この本を読んだ人が私のほかにもいると知って、少し動揺しただけ。ただ、それだけのことだ。


 冷静になって考えてみれば、そんなに驚くことじゃない。今は絶版になっているといっても、あのころは誰でも手に入れることができたはずなんだから。


 そう、こんなのは、たいしたことじゃない。


 心の中でくりかえし、自分に言い聞かせる。


 なかったことにしよう。

 きっと向こうも、そう思ってるはずだ。
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