三日月の下、君に恋した
30.ふたり
マンションにもどると、美也子がリビングでテレビを見ていた。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
また嫌味を言われるかと思ったけれど、美也子はテレビの画面に顔を向けたまま何も言わない。
菜生は部屋に入ってセーターとコットンパンツに着替え、丁寧に髪を整えた。化粧をなおして時計を見ると、まだ1時だった。
ホテルを出たのは昼前だった。
航は会社に寄って、資料を取ってくると言った。
「ほかにも片付けなきゃいけないことがあるから、先に行ってて」
このまま一緒に公園まで行けるものと思いこんでいたので、菜生は戸惑った。離れたくないという思いが、あまりにも強く胸を支配していることにも驚いた。
「二時までには必ず行くから」
菜生の不安を読み取ったのか、航は落ち着いた声で言い、その場を離れた。
窓の外は明るく、空は晴れわたっていた。おだやかな春の陽射しが、ベランダの鉢植えの上に降りそそいでいる。雨が降り出す心配はなさそうだった。
公園の場所はちゃんと説明してあるし、長崎雅美からは社長の意向が変わったという連絡も入っていない。何も心配することなどないのに、なぜか不安が胸を離れない。