三日月の下、君に恋した
 二時十分前に航が現れた。遠くからでもすぐに彼だとわかってしまう。

「社長はまだです」と菜生は言った。

 彼はかすかにほほえむと、黙って菜生のとなりに座った。噴水のまわりではしゃぐ子供たちをながめている。


 こうやって見るかぎり、彼の表情はおだやかでリラックスしているように見えるけれど、やっぱり緊張しているのだろうかと菜生は思った。


──どうやって社長を説得するつもりなんだろう?

 菜生が話しかけようとしたとき、「こんにちは」という明るい声がした。長崎雅美と、羽鳥社長が立っていた。


 その瞬間、彼の全身から張りつめた気配が伝わってきた。





「じゃあ、私たちは行きましょうか」


 長崎雅美がそう言って菜生に笑いかけたので、菜生は内心ひどくがっかりした。この場にいて、航と社長のやりとりを聞いていたいと思ったからだ。

 でも普通に考えてみれば、やはり自分は部外者で邪魔者だった。菜生はふたりに軽く会釈をして、長崎雅美と一緒に噴水のほうへ歩き出した。
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