三日月の下、君に恋した
「今となっては、もう別人だ」

 つかの間、彼の横顔に深い孤独の影がさした気がした。けれども次の瞬間には、やわらかな笑みに変わっていた。

 ひとりの平凡な老人の顔になって、遠い昔をなつかしむように目を細めている。迷いも苦悩も捨てたように。

 その目は、航を見ていない。


「今の私に協力できることは何もない。葛城先生には、君から謝っておいてくれ」


 彼は静かに立ち上がり、ふたりのいる噴水のほうへと、ゆっくりとした足取りで歩いていく。秘書の長崎雅美がいち早く気づいて歩みより、そのまま公園を出て行こうとする羽鳥に従った。

 それ以上ふたりの姿を追うことができずに、航は視線を足もとに移した。淡いピンクの花びらが数枚、靴の先に落ちていた。


 気を抜いたら今にも震えだしそうで、膝の上で組んだ両手を固く握りしめる。


 なぜ、こんな方法でうまくいくと思ったのだろう。


 最初から間違っていたのだと、今ははっきりわかる。揺れているのは世界の方じゃなく、自分自身だ。
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