三日月の下、君に恋した
32.知っていたのか
「辞めたの? ほんとに?」
美也子が大きな声を出した。
食堂は今日も混んでいた。食器のふれあうガチャガチャいう音や、社員たちのおしゃべりが騒がしく、美也子の声もかんたんに飲み込まれる。
同じテーブルでぼそぼそ食事を取っていた友野太一が、気の抜けた表情でうなずいた。
「何で? どういうことよ?」
「知らねーよ。聞きたいのはこっちだっての」
「誰が言ったの? 早瀬さん本人じゃないんでしょ?」
美也子が身を乗り出すと、太一はうんざりした顔をした。
「部長が言ったんだよ。今朝のミーティングで」
だから間違いない、と不機嫌そうな目が語っている。
早瀬航が出社しなくなってから、一週間が過ぎていた。
詳しい事情がわからないまま、社内ではいろいろな憶測が飛び交った。けれども一週間たって、当初の浮き足立った空気も落ち着き、どうやら辞めたらしいという噂が静かに定着しつつあった。
ずっと沈黙していた営業企画部がとうとう口を開き、しかも直属の上司が「辞めた」と言うのなら、確かなのだろう。