三日月の下、君に恋した
「信じらんない。ありえない。どうすんのよ、六十周年の企画」

 美也子がぶつぶつ言うと、太一がかみついた。

「だから知らねーって。俺だってわけわかんねーよ。辞めるなんて全然聞いてないし。けど、言われてみれば早瀬さんのデスク、妙に片付いてるし。それならそれで、一言くらい……何なんだよもう」


 いらいらと箸を置き、コップの水をがぶ飲みする。美也子が反省と同情の入り交じったような表情で、太一を見ている。

 すると、太一がふいに思いついたように顔を上げた。


「そういえば、沖原さんて早瀬さんと仲いいんですよね?」


 美也子が「えっ」と声を上げ、菜生を見る。

「そうなんですか?」

 菜生は食事を半分残したまま、黙っていた。

「だって、携帯の番号交換してるんでしょ? この前そんなこと言ってましたよね? そういえば土曜日、あれからどうしたんですか? 早瀬さんに会えたんですか? 早瀬さんから何か聞いてないんですか?」

 たたみかける太一の質問に、菜生は黙ったまま首を振った。太一の隣で美也子がぽかんとして、菜生と太一の顔を交互に見る。


 連絡はなかった。それに航の携帯はとっくに通信不能になっている。

 彼が辞めたと聞いても、菜生は驚かなかった。
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