三日月の下、君に恋した
 知っていたのか、と梶専務が繰り返し尋ねる。処分がどうのと言っている。でも知らない。こんなのは知らない。

「きみもグルか?」


 菜生ははっとして顔を上げた。

「きみが、早瀬を社長と会わせるために手引きをしたのはわかってるんだ。目的は何だ?」

 ちがう。知らない。目的って、誰の?


「答えなさい」

 梶専務の鋼のような手が菜生の肩をつかんだ。菜生は身をよじって、その手を振り払った。


「私は何も知りません。失礼します」


 部屋を出て、廊下を走りぬけ、非常階段を駆け下りた。足がもつれて何度も転びそうになった。

 ひとりきりになると、ますます混乱した。

 梶専務の言葉は全部理解できる。でも、心は拒絶したままだった。


 今もまだ。


「おい」

 太い声が、ざわめきを破って降ってきた。

 三人同時に顔を上げた。テーブルの横に山路均が立っていた。

「めし食い終わったか」
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