三日月の下、君に恋した
 テレビを見ても笑えないし、音楽を聴いても耳に入ってこない。本のページを開いても言葉がただの記号に見える。

 何をしても、彼のことばかり考えてしまっていた。


 考えてもしかたないのだから、忘れるしかないのに、菜生の心はそれを受け入れることを望んでいないように思えた。


「菜生さん」

 部屋の中でベッドに寝転がって何をするともなくぼんやりしていると、ドアの向こうで美也子の控えめな声がした。

 ドアを開けると、美也子が本を持って立っていた。


「これ……読んだから返します。意外と面白かったです」

 菜生は二冊の本を受け取った。前に貸した、葛城リョウの本だった。


「あのー」

 美也子は顔色をうかがうように、上目遣いで菜生を見た。

「今さっき、太一から電話がかかってきて。例の企画、進めるって」

「え?」

「何かよくわかんないですけど。早瀬さんが、資料とかアイデアとか、いろいろ残してったみたいです。それで、営業企画部のメンバーで何とかやってみようってことになったって。山路さんが部長にかけあって、全員で専務を説得する方向で決まったらしいです」
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