三日月の下、君に恋した
「でも、やはり私には描けませんでした。たとえ彼女が生きていたとしても、会えなかったでしょう」

「どうしてですか」


「聞こえないんです。私にはもう、夜の森の声が」


 淋しい笑顔を浮かべたまま、さようなら、と彼は言った。





 庭の桜はいつのまにか散ってしまった。

 あの桜を誰かと一緒に見たのはいつだろう。


 縁側に出てそんなことをぼんやり考えていると、家の中をどかどかと踏み荒らす足音が聞こえ、背後でぴたりと止まった。


「おまえなあ……」


 振り向くと、葛城リョウが鬼のような形相で立っていた。サングラスをしていても怒っていることがわかるくらい、全身から怒りが噴き出している。

「どうした?」

 不機嫌な理由はわかっていたが、航は知らないふりをした。

「どうしたじゃねーだろっ」

 サングラスをとると、リョウのスカイグレーの瞳が鋭い光を放って航を睨む。航はその視線をかわして、リョウの前に手を出した。
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