三日月の下、君に恋した
34.声が聞こえる
せまい小さな応接室はすっきりと片付いていた。温かみのある木製の家具で統一されているせいか、ほっとする雰囲気があった。
壁の本棚に並ぶ本の数々を手にとってみたい衝動にかられながら、菜生は応対してくれた年配の男性がもどってくるのをひとりで待っていた。
後悔が、徐々に胸を噛む。
ここへ来たのは間違いだったかもしれない。仕事を休んでまで、こんなところに来てしまった自分が、とても恥ずかしいことをしているように思えた。
「お待たせしました」
ドアが開き、男性がにこやかな笑顔を伴ってもどってきた。けれども、すぐに申し訳なさそうな表情に変わる。
「早瀬とはまだ連絡が取れない状態なのですが、どうやら葛城先生と一緒のようです。それで、葛城先生から沖原様をご案内するように頼まれました」
菜生が理解できずに戸惑っていると、彼は安心させるようにまた満面の笑みを浮かべて、遠い町の名前を告げた。早瀬航の実家があり、そこに二人がいるという。
松田と名乗った男性は菜生に名刺を差し出し、「車でお送りします」と言った。
「お時間は大丈夫でしょうか?」