三日月の下、君に恋した
「ええ……はい」

 松田はうなずいて、菜生の目の前で葛城リョウに電話を入れた。電話で葛城リョウと話している松田は、妙に喋りづらそうだった。ひとことふたこと言葉を交わすと、すぐに「どうぞ」と言って菜生に携帯を差し出す。


「遅いっ」

 菜生が電話に出ると、葛城リョウの怒鳴り声が耳もとで響いた。


「えっ、でも、あの」

「何モタモタしてたんだ、あんたは。いや、あんたのせいじゃねーか。悪いのはあいつだ。ま、どーせこんなことになるだろーとは思ってたけどな。とにかく急いで来てくれ。あんたが会いたいやつはここにいるから」


 電話は一方的に切れた。


 菜生が呆然としていると、松田が何もかも承知しているような苦笑を浮かべる。

「では行きましょうか」

 松田の穏やかな言葉にうながされ、菜生は「はい」と答えた。

 応接室を出ると、何人かの社員と目が合った。親しみのこもった黙礼が心地よく感じられた。

 ビルの7階にあるこじんまりとした鱗灯舎のオフィスは、雑然としているのにもかかわらず、全体に朗らかで快い空気が満ちていた。

 ここがほんとうの彼の居場所なのだと思った。
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